zerosabasuが咲く

主に日記や本を読んで考えたことを書いてます。

何を信じてくの?

アクセルとブレーキって使いわけが大事かも?


いや、車は乗れませんが。
自転車すら最近は乗れないぞ!


それは置いといて、書く話は行動と休みの話です。
ずっとハイにもなってられないし、ずっと落ち込んでもいられない。
考えれば当たり前のことですが、特に対人面では忘れがちではないかなーと思いまして。


例えば「がんばれー」ってでかい声で励ます人がいて、相手はうつで気が滅入ってるのに。
という場合。
この場合励ましてる人にとっては正しいのかもしれない。
もしかしたらその人は元気満々で自分も他人も鼓舞したいのかもしれない。
ただ受け取る側は注意しないと自分のできないことまでやろうとして自分がつぶれてしまうかもしれない。
でもこの場合でいえばうつの人にがんばれっていうことはよくないって言われてたりしてるから、
気を使えないほうが問題かもしれない。
うつだとよく知らないけど相手の意見に飲み込まれやすくなるかもしれないし、受け取り方を改善するのは時間かかりますしね。
この場合でいえばがんばれーがアクセルでうつがブレーキと言いたいわけです。


例えば、成功法則を書いてる本で、「人を蹴散らせー」的な勢いの作者がいたとします。
それはその人が上昇したい意欲がある時に言ってるのかもしれません。


僕は何が言いたいのか?!


それは人は自分のために言ってるのであって相手の状況はくわしくわからないんじゃないか?ということです。
さらに「人を蹴散らせー」的な人も長い周期でみれば子供時代に人に従いがちな正反対の性格だった、なんてこともあるかもしれません。
さらにさっきの例のうつの人もうつが治れば楽しく人生を生きてるかもしれません。


今日読んだ本に、本には「リスクをとれ」って書いてるのもあれば「リスクは避けろ」、と書いてる本もあるという悩みがありました。
その悩みに対する答えは、「言ってる人の考えを書いてある。」ということ。
成功法則本にはその作者が成功したと信じてるやりかたが書かれていて、つまりひとそれぞれだということですね。


じゃあ誰のこと信じればいいの?ってなりますよね。
それは僕にもわかりません。


ケースバイケースで信じてくしかないのかな?
その状況を見極めて「この人の言うことなら7割信じられる」みたいに


自分を信じる、それも大事でしょう。
しかしそれが通用するのは人生うまくやってるひとです。
行き詰ったようなひとは今までと違う考えも取り入れないといけません。


検証するために行動してみる、検証するために言うことを取り入れてみる、そんなスタンスがいいかもしれません。


思い付きで長々書きましたが・・笑、これも音読で脳が活性化してるからかな?
読んでくれてありがとうございます。

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